sora no kanata
darylfranz:

竹島、強硬姿勢で韓国けん制 21日対抗措置協議  :日本経済新聞

政府は21日、韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領による島根県の竹島訪問などを受けた対抗措置を検討する関係閣僚会議を首相官邸で開く。次官級以上の対話見送りに加え、想定される項目を各省庁から集約する。挑発的な言動をけん制する狙いがあり、実施すれば日本にも打撃となる内容が含まれている。

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竹島、強硬姿勢で韓国けん制 21日対抗措置協議  :日本経済新聞

政府は21日、韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領による島根県の竹島訪問などを受けた対抗措置を検討する関係閣僚会議を首相官邸で開く。次官級以上の対話見送りに加え、想定される項目を各省庁から集約する。挑発的な言動をけん制する狙いがあり、実施すれば日本にも打撃となる内容が含まれている。

民主党の交友範囲 by(自民党)西田昌司

慰安婦問題の「主犯」は福島瑞穂弁護士…吉田清治の「慰安婦狩り」は全て嘘、福島氏などが吉田の話に目をつけ訴訟を・池田信夫

竹島問題が慰安婦問題を再燃させ、なぜか尖閣諸島まで飛び火しているが、愛国心に燃える前にまず基本的な事実関係を理解しておいたほうがいい。本書は先週のニコ生にも出演してもらった西岡力氏の解説である。

慰安婦問題の特異性は、日本人が創作した話だということだ。ふつう「私が犯罪者だ」と嘘をつく人はいないが、奇妙なことに戦争についてはそういう「詐話師」がいる。この問題の発端となった吉田清治がその最たるもので、彼の『私の戦争犯罪』には、済州島で「慰安婦狩り」をした様子が詳細に書かれているが、なんとすべて嘘なのだ。本人ものちに「フィクションだ」と認めた。

ところが吉田の話に目をつけて日本政府を相手に訴訟を起こそうとしたのが、福島瑞穂氏や高木健一氏などの弁護士で、彼らは韓国に渡って原告になる元慰安婦を募集した。そこで見つけたのが金学順で、彼女はNHKにも出演して「親に売られてキーセンになり、義父に連れられて日本軍の慰安所に行った」と証言した。この話をNHKに売り込んできたのが福島氏で、彼女はスタジオに立ち会って金にせりふを教えていた。目的は、軍票(敗戦で無効になった)で支払われた給与の賠償だった。

しかし朝日新聞の植村記者がこれを(吉田のストーリーにそって)「女子挺身隊として強制連行された」と誤って報じたため、福島氏らは訴状を「軍に連行された」と書き換えた(だから彼女は「強制連行」が嘘であることを知っているはずだ)。その原告団長は植村記者の義母だったが、のちに裁判費用を詐取したとして逮捕され、行方をくらました。

要するに戦争をネタにもうけようとたくらんだ旧軍人が「軍の性奴隷」という猟奇的な話をでっち上げ、それを政治的に利用しようとした日本の弁護士が韓国人をけしかけ、朝日新聞がそれに乗せられたという構図だ。したがって主犯は福島氏で、朝日は問題を拡大した共犯である。

この騒動で福島氏は「人権派弁護士」としてマスコミにデビューし、国会議員にもなったが、彼女のおかげで日韓関係はめちゃくちゃになった。今回の慰安婦騒動に彼女が沈黙を守っているのは、ここまで嘘がばれてしまうと取り繕いようがないからだろう。朝日新聞とともに彼女にも説明責任がある。国会で説明すべきだ。(終わり)

ソース:
http://blogos.com/article/45082/

《木こりのジレンマ》

 あるところに新しい斧を手に入れた木こりがいた。
新しい斧の切れ味は抜群で、買った翌日、木こりは1日目に10本の木を切り倒すことができた。
それも短時間で。今まで考えられないことだった。
2日目、彼は作業時間を延長し、15本の木を切り倒した。
3日目、4日目と彼は日を追うごとに懸命に、そして遅い時間まで木を切り続けた。
ところが、日が経つごとに、切り倒す木の数がだんだん少なくなってきた。
彼はたくさんの注文をとっているので、夜中まで一生懸命がんばった。
それでも、日ごとに切り倒す木の数は減っていく。

 見かねた友達が彼にアドバイスした。
「なぜ、刃を研がないんだ。
 刃がぼろぼろになっているのに、研がないから、木が切り倒せないのは当たり前ではないか。」

 彼は答えた。
「俺は、そんなことをしている暇がないくらい、忙しいんだ。
 毎日たくさんの木を切らなければいけないんだ。」

5か月もたつのに、いまだに他県から
「ボランティアツアー」なるもので
無償奉仕の若者がなだれこんできます。
ツアー参加費は旅行会社に入り、
善意の若者は自腹で何かを学んで帰り、
地元の失業者には仕事がまわらない。

うまく言えないのですが、
「なにかがおかしい」という思いが日に日に増してくるのです。

これは、少なくとも私のまわりでは4月頃からささやかれていました。
「おれたちを使ってくれたらいちばんいいのに!」と。
でも、善意のかたまりのような人たちが
無償で汗を流して助けてくれるのを目の前になにも言えません。

この人たちの、心底純粋な人助けには感謝しています。
しかし有名なボラ組織の上層部に私たちの本音は見えていないでしょう。

「東北人の底力」「着実に復興に向かって」「ひとつになろう」
などと美しい言葉に私たちは酔えないのです。

仕事がほしい、それだけです。
田畑のゴミ拾いならおばさんや年寄りにもできます。
自給600円でもやるでしょう。その日の食費だけでもいいのです。
自分で稼ぐことは、社会参加と自立への第一歩なんです。

つぶやきかさこ : ボランティアが被災者の自立を阻害する?!~震災5ヵ月後のボランティアのあり方を問う

ほんと税金を投入して経済を「蘇生」させるという発想にすべき

(via atm09td)
1.コトバに反応するのではなく、何故その発言に至ったか考えること
2.行動を予測する、どういうリアクションが返ってくるか考えること
3.期待しないこと
4.リスクを減らす努力は怠らないが、何か起きたときの対処は常に考えること 
5.期待値を上げすぎないこと
6.精神的に追い詰められないようにすること
7.自分たちのゴールと担当者のゴールを明確にする
8.どうしたら担当者が出世するか考えてみること
9.コミュニケーションコストを見積もること
10.遠い誰かではなく、今目の前にいる人に何をしてあげたら喜ぶか考えること

生きるということは、日々新しい縁を結ぶことだと思う。数々ある縁の中でも人と人との縁ほど、奇なるものはないのではないか。思いもかけない人と人が出逢い、心惹かれたり、うとましく思ったりする。一つの縁から次の縁に結びつき、縁の和が広がっていく。

結んだつもりの縁も、ふとしたことから切れることもある。

けれども切れたと思ったのは、人の浅墓な考えで、一度結んだ縁は決して切れることはない。そこは人生の恐ろしさでもあり、有難さでもある。私は自分が長命でありたいと思ったことは一度もなかった。最も恐れていたのは老醜であり、老呆けであった。仕事盛りに、ふとした病気で、さっと死んでいきたかった。人々に、あら、もう死んじゃったのと惜しまれて死にたかった。

ところが、我が意に反して、ふと気がつくと七十歳を越え、また気がつくと八十歳も半ばを越えている。振り返れば茫々の歳月が流れ去っていた。長い生涯であった。その間に何が愉しかったかと思いをこらせば、それは人との出逢いとおびただしい縁であった。

この世で同じ世代を生き、縁あってめぐりあい、言葉を交わしあった人々の俤が、夜空の星のように過去の空にきらめいている。その人たちのふとした表情や、無防禦なことばの端々が、いきいきとよみがえってくる。どの人もなつかしく、もう一度逢いたい人ばかりである。

さびしさなんてどうせちょっとうれしいことがあれば蒸発してしまう揮発性の感情で、それをわざわざ恨みとか自己嫌悪なんかのめんどくさいものに加工する必要はない。
naglly:

メディアの本質

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